ウチコミ!タイムズ

賃貸経営・不動産・住まいのWEBマガジン

あの家は私の学費の20倍はする――プライベートカウンセリングで相続トラブルをうやむやに

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

イメージ/©︎dmitryag・123RF

一般の心療内科などでは、診察に訪れるのは、ご本人ということがほとんどです。しかし、プライベートカウンセリングでは、本人ではなく家族が先に相談にいらっしゃることは珍しくありません。

コロナ禍のなかで、上京して東京の大学に通うあるいは卒業して社会人になったばかりで、地元を離れたという若い方は、友人や同僚とも会えず、実家に帰ることができず、ひとりで過ごす不安から、真夜中に突然、息が止まりそうなほど動悸がしたり、誰かと話したい衝動に襲われ、手当たり次第にLINEを送信するといったことは、誰の身にも起こりうることなのです。実際、そんな相談が増えています。

ご家族からご連絡をいただいたときは、このご相談もそうしたものかと思っていのですが……。

真夜中のLINEにたまりかねて

相談に訪れたのは都心から車で2時間くらいの温泉地として有名な町で、築80年の民家をリフォームしながら暮らすご夫婦でした。

ご夫婦ともに働いておられ、週3日の在宅勤務で、週末はキノコや野菜を育てながら、海外で暮らす長男家族と、Zoomをつないで夕食を食べたり、という充実ぶりです。ところが、そんなご夫婦がカウンセリングに訪れたのは意外な理由からでした。

夫の叔母のひとり娘、つまり従妹から、毎晩のようにLINEがくるといいます。

「非常識というか、衝動的というか、うちの妻にLINEで『つらい』って絵文字を送ってきて、今からでもそっちに行ってもいいかって聞いてくるんです。こんな時期ですからね、分からないでもないですが、ちょっとおかしいんじゃないかと……」

そう話す夫は、白ワイシャツの公務員風の風貌。その横で付き添う妻は、紺色のニットのアンサンブルといった控えめな女性です。

お話を聞いているとこのご夫婦は、その従妹に発達障害やパーソナリティ障害があるかもしれないというのです。

その従妹の方の母親、相談者の叔母、男性の母親ともに他界。従妹の周囲には頼れる親族が誰もおらず、従妹とは親子ほど年が離れこのご夫妻を頼るようになっているといいます。しかし、あまりに頻繁に連絡してくるため、正直、困っているというのが本音のようでした。

そんな深夜のLINEのこともあって、従妹にカウンセリングのことを切り出すと、「本人も『ぜひ、受けたい』とい言っているので、よろしくお願いします」と最後に言い残して、ご夫婦は早々とカウンセリングルームを出ていきました。

こころをほぐし、本質へのアプローチ

ご夫婦が帰られたその日の午後、従妹のA子さんがカウンセリングルームに訪れました。

A子さん「おじさんからここへ来るように言われました」

とリクルートスーツに身を包んだA子さんは、緊張した表情を浮かべて話し始めました。

「いま、就活をされているんですか?」

A子「はい。ちょうど、この辺の会社訪問があって。いま、面接を受けてきたんです。1年間休学していたので、就活も1年遅れになりました」

というと、彼女はカウンセリングルームの窓から見える小さな公園に目をやりました。

「おじさまからは、どんなことで、カウンセリングを勧められたのですか」

A子「私が落ち込んでいるとか、就活でストレスがたまっているだろうからとか。確かにそれもあるけれど、でも……」

「も?」

A子「いや、いいです。なんでもありません」

「そうですか。無理にお話しされなくても、大丈夫ですよ。カウンセリングでは、いまの体調について、また、これまでの人生経験について、時間をかけてお聞きするんですが、いいですか?」

A子「はい、ぜひ、よろしくお願いします」

それから彼女は、生育歴や小中高時代の友人や恋愛のことなど、1時間くらいかけて詳しく話したあと、幼い頃からお母さまとの二人暮らだったこと。お母さまの介護についても話しはじめました。

A子「高校生のころから母はからだの具合が悪くて、腎臓に負担をかけない料理を覚えて、一緒に食事をしていました」

大学に通い始めてから、母親の容体が悪くなり休学。そんな彼女は今ではすっかり薄味に慣れてしまい、「コロナが終わって友だちとご飯を食べにいっても、友だちと食事の好みが合わないかも」と笑うA子さん。そのはにかんだ表情の彼女からは、衝動性のかけらも感じられなかった。

不安と不信感が大きく膨らんで

A子「あの、ちょっと言いにくいことなんですが、生前、母は、高校生だった私にこの家と土地はすべて私に遺すから心配しなくていいよ、と言って、大学の学費はおじさんに頼んであると。そこのことを遺言書に残してくれいたようなのです。お母さんが亡くなって、私は大学に戻って、学生寮に入りました。そのあと一周忌で家に戻ってみると、母と暮らした家が更地になっていたんです。それでおじさんに聞くと、母の医療費と私の学費を払うために売ったというんです。でも、そこで遺言書のことを言い出せなくて……」

「そうか。腑に落ちない感じなんですね?」

A子「ええ、田舎ですが、家のとなりは昔のお城があって、結構にぎやかなところだったんです。夜になると、そのことを思い出して、悲しいし、どうしようと」

「納得できないのも、無理はないですね。それで夜中に落ちつかなくなるんですね」

A子「ええ、大学を卒業して寮を出たら、もう、住むところも帰る家もない、と考えてしまいます。それに家族もいない。たったひとりで、知らない土地で、どうしていくんだろうと。無性に誰かと話したくなって、おばさんにLINEしたりして……。それがおばさんにとっては迷惑だったなと思います。でも、あの家は、私の学費の20倍はすると思うんです」

カウンセリングでこころのモヤモヤが一気に晴れることも

プライベートカウンセリングでは、夫婦の気持ちのすれ違いや家族の関係修復、家族内でも引きこもりなどを扱うことが多いでのですが、A子さんのような金銭が関係するお話も意外に少なくないのです。

最初、この相談では身内のいない従妹を心配しての話と思っていましたが、どうも、そんな穏やかな話ではなさそうです。目の前にいる、この清楚で美しい23歳の女性の身に起こっていることを想像すると、とてもやるせない気持ちになりました。

本音を吐露したAさん。そんな重苦しいカウンセリングルームの空気を変えようと「就活はどんなお仕事を考えているんですか?」と尋ねると、意外な答えが返ってきました。

A子「大学に入ったときは、絵本の出版とかに興味があったんですが、今回のことで遺言書や土地のことを調べているうちに、相続やなどに興味がでてきたんです」

「えぇ? 絵本から相続ですか? 思い切った方向転換ですね」

A子「はい。弁護士は無理なので司法書士を目指そうと思っているのです。今回のことで、遺言書には有効期限がないことが分かりました。もし、公正証書遺言だったとすると、それがどこにあるか公証役場で検索することもできるんです。まずは、自分事としてそれをやってみようと思います。 家族がいないから、資格をとって、強くならないと、これから生きていけないという思いを、今日、カウンセリングを受けて改めて強くしました。これ、おじさんには言わないでくださいね」

私は、さっきまでこの女性の身を案じていた自分を猛省した。もはや彼女は自立した強い意志を持った女性なのだと。

カウンセリングでは、こちらが何かをいうこともなく、相談者が持っていたこころのモヤモヤ感の本質の見極め、なかなかできない決断に踏ん切りをつけるきっかけになることがしばしばあります。

金銭トラブル隠しに使われるカウンセリング

この件を改めて考えると、ご相談に来られご夫婦は、どうもA子さんに黙って、A子さんの母親の財産をA子さんと相談もなしに処分したようでした。

もちろん、処分したお金でA子さんの生活費や学費を負担したのは間違いないのでしょう。しかし、そのことに対してA子さんは不信感を持たれてしまった。

そこでその不信感を取るため、あるいはごまかすため、カウンセリングを受けさせて、本人にメンタルが弱っていると感じさせる。また、周囲にそれを認識させようとしたのではないか。

実は、こうしたことを目的にプライベートカウンセリングを利用する人は少なくありません。

しかし、相続問題などで裁判になったときにプライベートカウンセリングを受けていたとしても、メンタル面でなんらかの問題がある証明にはなりません。

A子さんに、もしおじさんが、カウンセリングの内容について説明を求めてきたら、「新しい人生にむけて頑張っているようです」とでも伝えておきましょうかと聞くと、少しうつむいて沈黙したあとに、

「ええ、是非、そうしてください」

と微笑むA子さん。その後、その夫婦からは何も連絡はなかったが、私は彼女の幸せを祈らずにはいられなかった。

【この著者のほかの記事】
リア充なはずのパワーカップルの間で広がるプライベート・カウンセリング

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

この記事を書いた人

公認心理師 博士(医学)

大手不動産会社で産業保健活動を行う一方、都内で親子や夫婦の関係改善のためのプライベートカウンセリングを実践している。また、最近は、Webカウンセリングも行い、関東甲信越や東北地方の人たちとのセッションにも力を入れている。

ページのトップへ

ウチコミ!