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小説に学ぶ相続争い『女系家族』最終回――相続の準備は生きているいまから始める(2/2ページ)

谷口 亨谷口 亨

2022/01/19

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愛人には生前に財産をしっかり渡しておく

相続人がこの3人娘だけなら、これでだいたい丸く収まると思うのですが、小説では、もう一人、嘉蔵さんの子どもらしき存在があらわれます。それが、嘉蔵さんの愛人・文乃さんのお腹の中にいる子どもです。

嘉蔵さんは、遺言状で次のように遺していました。

<まことに憚りながら、私儀の歿後は、この女にも何分のものを相つかわされ度く、幾重にも願い上げ候。上記の女の住所姓名は……>

案の定、文乃さんとお腹の中の子どもの存在は、矢島家の相続の大きなもめごとになりました。遺言状に、「愛人にも財産を分けてやってくれ」と、その愛人の住所と名前まで記してしまえば、もめて当然です。

私なら、「遺言状には一切文乃さんと文乃さんの子どもの話は書かないでください」と嘉蔵さんにアドバイスします。

愛人への財産の遺し方については、前回の連載6回目で紹介した通りで、やはり、生前に不動産なり現金なりをしっかり渡しておくほうが無難です。

実際、小説の中でも、文乃さんは矢島家からかなり嫌な思いをさせられています。親族に愛人の存在を知らしめるのは、ある意味、危険な行為ともいえるでしょう。

ただし、嘉蔵さんや文乃さんに、文乃さんの子どもを矢島家の一員として認めてもらいたい、矢島家とこれからもかかわらせていきたいという気持ちがあるなら、それはまた別です。

その場合は、3人娘への相続財産を信託契約にしておき、共同相続財産の分割方法を遺言状で遺す。その共同相続財産から、文乃さんの子どもにも相続させるといったかたちがベターな方法と言えるでしょう。

私としては、文乃さんには、生前の嘉蔵さんからそれなりの財産を分けてもらい、親子二人で心穏やかに暮らしていってもらいたい、という思いはあるのですが、実際の文乃さんの心の内はどうだったのでしょうか……。

以上が、矢島家にもめごとを起こさないための私からのアドバイスになります。

この『女系家族』という小説の時代設定が昭和30年代と少し古く、嘉蔵さんは婿養子でしたし、もめごとが起きやすい人間関係がいろいろありました。

しかし、これは決して他人事ではありません。現代においても誰もが“嘉蔵さん”になり得る可能性があります。

自分の亡き後、仲の良かった家族が争いを起こさないためには、生前にしっかり整理しておくことが大切です。「まだまだ先のこと」と後回しにせず、いまから財産の遺し方、つまり処分する物、遺す物などそれぞれの整理について考えてみてはいかがでしょうか。

〈『女系家族』の相続争い 了〉

【連載】「犬神家の一族」の相続相談

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この記事を書いた人

弁護士

一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。

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