ウチコミ!タイムズ

賃貸経営・不動産・住まいのWEBマガジン

「犬神家の一族」の相続相談(5)――いかに遺留分を放棄させるか(3/3ページ)

谷口 亨谷口 亨

2021/05/08

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

「信託監督人」と「不適格事由」で信託契約を守る

しかしながら、佐兵衛翁が亡くなった後に遺言状が明らかになれば、やはり珠世さんに危険が及びかねません。また、佐兵衛翁が亡くなる前であっても、松子さん、竹子さん、梅子さんは残り半分の財産の行方を探ろうと、よからぬことを企てる可能性もあります。

実際、小説でも、探偵の金田一耕助がこの事件にかかわるきっかけは、遺言状の内容をめぐる相談を受けたことでした。

この危険を回避するために、古館恭三顧問弁護士に「信託監督人」になっていただきます。そのうえで信託契約書には、次のような不適格事由についての文言を加えます。

「古館恭三弁護士を信託監督人とし、すべての契約及び遺言が履行されたうえで、信託契約は執行される」

要は「松子さん、竹子さん、梅子さんの誰か一人でも信託契約の約束を守らなかった場合は、三人の息子たちが母親の遺留分相当を相続する権利はなくなる」ということを明確にして、その監督を古館弁護士にしてもらうというわけです。

古館弁護士は、小説のなかでは佐兵衛翁の遺言状を読むだけで、顧問弁護士とはいっても頼りないイメージしか私のなかには残っていません。それでも、古館弁護士を信託監督人にすることで、三人娘の暴走を抑止する力になるでしょう。

もちろん、こうした信託契約をしたとしても、佐兵衛翁が亡くなったあとに、三人娘は遺留分の請求はできます。しかし、誰か一人がそれを言い出せば、それ以外の息子の犬神財閥での地位はもちろん、佐兵衛翁の死後に明らかにされる遺言状に記された相続もできなくなるので、信託契約が破られる抑止になるはずです。

以上が、松子さん、竹子さん、梅子さんの三人を受託者とした信託契約のスキームです。

正直、複雑な家族構成の犬神家では、このスキームでも事件が起きないとは言い切れませんが、佐兵衛翁の思いに沿いながら、松子さん、竹子さん、梅子さんの三人娘と佐清くん、佐武くん、佐智くんの三人の孫が事件を起こす可能性も極力、抑えられると思います。

次回は、小説に登場する「犬神奉公会」に焦点を当てた方法を考えていきます。


『横溝正史シリーズI・犬神家の一族』(1977年TBS系列で放送/角川シネマコレクション・Amazon Prime Videoより)

「犬神家の一族」の相続相談(1)――臨終の席で明らかにされた遺言状の衝撃
「犬神家の一族」の相続相談(2)――複雑な家族関係に込められた犬神佐兵衛の思い
「犬神家の一族」の相続相談(3)―― 一族を震撼させた犬神佐兵衛の遺言状
「犬神家の一族」の相続相談(4) ――「信託」を使えば犬神家で起こる事件を防げるか

  • Facebook
  • Twitter
  • LINE
  • Hatebu

この記事を書いた人

弁護士

一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。

ページのトップへ

ウチコミ!