「犬神家の一族」の相続相談(5)――いかに遺留分を放棄させるか(2/3ページ)
谷口 亨
2021/05/08
遺留分は必ず行使しなければならないというわけではく、三人の娘が納得すれば遺留分を受け取らない「遺留分の放棄」は、法律的にも問題はありません。このスキームであれば、三人娘本人に財産を遺したくないという佐兵衛翁の思いを叶えることができます。
とはいえ、ただ、三人が相続できる遺留分相当をそれぞれの息子に相続させるだけでは、三人娘にとってはメリットがありません。やはり、それ以上のメリットがあるということを条件にしなくてはなりません。
そこで遺言状にもあった「犬神財閥で父親と同じポストに就ける」といった条件も、信託契約に織り込みます。この条件であれば自分自身は何も相続できないけれど、息子の将来も担保されるわけですから、松子さん、竹子さん、梅子さんの三人娘も納得するのではなないでしょうか。
加えて、三人娘を受託者にした信託契約書を作るには、佐兵衛翁はこの三人娘と膝を突き合わせて話をしなければならず、そこで三人に実質的な遺留分放棄を約束してもらうことは佐兵衛翁にとっても安心材料になるでしょう。
ただ、三人の娘にとってはこの信託契約では、自分たちの息子が相続するとはいっても、相続できる財産は全財産の一部でしかありません。そうなると「残りの財産は誰が……?」ということになるはずです。
残りの財産は、当然、佐兵衛翁の遺言状にある<野々宮珠世に譲られるものとす>となります。しかし、そんなことを事前に聞かされては松子さん、竹子さん、梅子さんが納得するわけがありません。それこそ、自分たちの遺留分を息子たちに譲るという信託契約にすら反発するかもしれません。
この問題を回避するために、次のような文言を加えた「遺言方式の信託契約」を結ぶことにします。
「遺留分を除いた全財産の相続は、遺言状にて執行する」
つまり、残りの相続については、佐兵衛翁が亡くなった後に遺言状で公開するというかたちにするのです。信託契約ではこうした「信託契約半分、遺言状半分」といった方法をとることも可能です。
そして、できれば三人娘と信託契約をする際に、佐兵衛翁が「悪いようにしない」と言ってもらえば、なお結構です。
これで佐兵衛翁が生きている間は、残り半分の財産を誰が相続するか分からず、珠世さんが危害を加えられることもないでしょう。
この記事を書いた人
弁護士
一橋大学法学部卒。1985年に弁護士資格取得。現在は新麹町法律事務所のパートナー弁護士として、家族問題、認知症、相続問題など幅広い分野を担当。2015年12月からNPO終活支援センター千葉の理事として活動を始めるとともに「家族信託」についての案件を多数手がけている。