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閉店相次ぐ「渋谷」の凋落 コロナだけじゃない若者の街が抱える厳しい事情

浅野 夏紀

2021/03/31

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渋谷の勢力地図に地殻変動が……三井不動産が手がける「レイヤード・ミヤシタパーク」©︎編集部

コロナ禍で「渋谷ビットバレー」が裏目に?

コロナ禍や緊急事態宣言下で人通りの減った渋谷ではセンター街にも空き店舗が急テンポで続出している。

これまで渋谷の商業施設が低迷する理由として、東急線と地下鉄副都心線(西武池袋線・東武東上線乗り入れ)の直結による「渋谷素通り論」というものがあった。そんなかなかで渋谷駅周辺では大型ビルが相次ぎ竣工し、今後も再開発ラッシュは続き、渋谷活性化の起爆剤になると期待されていた。

しかし、新型コロナウイルスの流行が、こうした再開発施設のオープンが不幸にも重なり、期待された街の活性化に水をさされたかたちになってしまった格好だ。

渋谷への通勤者が減ったのには、もっと違うわけがある。

まず、IT企業は、コロナ禍で早々にテレワークを導入したこと。IT企業といってもこれまでは出勤して勤務するという普通の企業と変わりなかった。しかし、実際にリモートワークをしてみると、さほど大きな影響はないことから、さっさとオフィス床も返上した。

そもそもIT企業は「合理化」「効率化」というキーワードが大好きで、IT合理化、効率化によって成長してきた。そのため新型コロナが終息したからといって、コロナ前のような全社員が通勤勤務に戻ることはなさそうで、渋谷のオフィスへ重要の全面回帰も期待できない。そのため今後も渋谷のオフィスは空室率の増加と賃料の下落を先導しそうだ。

その兆候が2021年に入って現れ、そのことが商業施設に大打撃を与えている。小売り、飲食の売上は急減し、この状況の長期化に直面している。この年度末は何とか乗り越えられても、今後は政府系金融機関による融資や、金融緩和による銀行の融資支援、貸し出し継続も曲がり角にあり、先行きの不透明感はぬぐえない。

若者の街の栄枯盛衰 渋谷はもう限界なのか?

渋谷の発展歴史は1964年の東京五輪にまでさかのぼる。東京五輪開催にあたって、渋谷川、宇田川など街の中心部を流れていた川を暗渠化(地下化)し、国道246号が拡幅され、今の渋谷の骨格ができあがる。その後、68年に戦前から東急の街だった渋谷に西武が進出し、西武百貨店、次いで73年には渋谷パルコがオープンする。これを契機に東急と西武の開発競争が始まり、西武はロフトを、東急は東急ハンズや渋谷109がオープン。渋谷はファッション、トレンドの発信地となっていった。

そんな若者文化の発信地だった渋谷だが、渋谷センター街は、21年に入って、一棟借りしていたシューズの「ASBee」が1月に撤退し、そのあとに入るテナントが決まらないというし、人気の雑貨の「イッツデモ」も1月に閉まっている。さらに同じセンター街にある大型店の1つ紳士服の「サカゼン渋谷店」が3月に閉店した。

新型コロナの影響は、渋谷の中心地ばかりではない。コロナ禍の影響が1年を超えるなかで人気のあった女性服セレクトショップの「ビームス ウイメン渋谷」が3月に閉店するなど、渋谷駅からやや離れた周辺部の体力のない店を中心に、年度末の決算期の2月、3月に入ってから日々、閉店が続いているのである。

渋谷の大家「東急」を襲うダブルパンチ

一方、「渋谷の大家」ともいわれる東急(旧東急電鉄)と東急不動産HDは、お膝元の渋谷に大型の超高層ビルを相次いで竣工させた。こうした大型の超高層ビルの低層は商業や飲食も多く、商業・飲食の床が大幅に増やしたが、どこも苦戦を強いられており、このことも駅周辺の地盤沈下を進める要因となっているようだ。

センター街を中心とした渋谷の中心地と東急グループの苦戦は、新型コロナに加えて旧宮下公園も再開発も原因になっている。

旧宮下公園は三井不動産が「レイヤード・ミヤシタパーク」として立体的な多層店舗公園になり、人の流れが駅周辺からそこに移ってしまった。さらにヒューリックも渋谷の商業ビルに重点投資して再開発を進めており、渋谷の勢力地図の地殻変動が起きているのだ。

こうした厳しい状況のなかで守勢に回った東急グループは「二子玉川や蒲田では好調続きなんです」とPRする。だが、実情は東急沿線住民が「巣ごもり」のなか、沿線の渋谷圏内の衛星都市にも波及しており、消費が地域にとどまり、東急電鉄を使った通勤客が減少し渋谷の商業・不動産(ホテル含む)事業の不振によるダブルパンチを受けている。そのためこうした渋谷再開発オープンした商業施設は“リニューアル”と称した不振店舗のリストラも五輪後は、避けられないであろう。

マルイの渋谷モディの大不振

苦しいのは“渋谷の大家”の東急だけではない。丸井もまた苦戦を強いられている。丸井は渋谷だけにとどまらず、ピーク時で1カ月間に10店舗近く、店を閉めることもあったという。

そこで丸井では次世代型とする「MODI」に業態転換した。渋谷のほか、町田、戸塚、立川、川越などで「OIOI」という店名が消える。なかでも渋谷では、85年にできた丸井渋谷店の本館が、マルイシティ渋谷となったが不振に陥りMODIとなった。

このテコ入れでアパレル中心の百貨店からサブカル系で雑貨中心の専門店群れに変身した。しかし、空スペースができると、100円ショップ、書店、CD店、サブカル・アニメ関連などで埋めており、今も『鬼滅の刃』に続いて大ヒットすると注目されるアニメ『呪術回戦』の特設コーナを開いて奮闘中だ。

いずれにしても、渋谷はオーバーストアとなっており、インバウンド需要がないなかでは、建て替えたパルコなどでも「店は作り込んでいるが、コロナ禍で売り上げが低迷」という結果になっている店舗は少なくない。

中心地は普通の街になった渋谷にとってのライバル

空きビルに店舗など商業床の仲介事業を行うCBREは「賃貸条件や受け入れ業態に柔軟なオーナーが増えている」と指摘する。実際、賃料交渉は借り手優位となり、商業フロアの貸しビルは、テナント(経営体力が限界の場合は除く)の引き留めが優先事項だ。なかには長期の賃料減免でテナントから得ている敷金など預り金の実質減少を容認するケースも目立つ。

渋谷の飲食の名店は意外と多いという声もあり、閉じた名店を残念がる食通もいる。とはいえ、センター街など有力ストリートでは、これと言った個性や地域性に乏しいナショナルチェーンの居酒屋ばかりが目立つのが実情だ。

前にも指摘したように渋谷の商業施設が厳しい状況は、新型コロナ以前からだ。

実は過去10年あまり、渋谷から原宿・表参道方面に移転する商業店も少なくなかった。新型コロナの影響がまったくなった19年ごろまで、明治通りと国道246号線の間に位置し、渋谷・宮下公園から原宿・表参道へと抜ける「キャット・ストリート」などが脚光を浴びてきていた。しかも、原宿でも渋谷のような再開発ラッシュが始まったており、この影響によって、建設途上の新しいビルの竣工・開業が相次ぎそうな3年後には、渋谷では「空室」に悩むビルオーナーが必ず出てくるのは間違いない。

コロナ禍のいま、若者が渋谷にやってきても、賃料が高い渋谷の再開発ビルの店舗を支える購買力はない。東京五輪でリニューアルされた神宮外苑が目と鼻の先にある原宿は、渋谷にとっては目の上のたんこぶで、その存在は大きくなるばかりだ。

加えて、20年の日本の出生数は87万人あまりで、90万人を切っている。これは団塊の世代の年間出生数の3分の1のレベルだ。

「お金を持っている高齢層にフォーカスする」という大規模再開発ビルの思惑は、75歳を超えはじめた団塊世代の新型コロナへの恐怖心からアテが外れた。それでも渋谷の住人たちは「棲み分け」とうそぶくが、果たしてどこまで持ち堪えられるか、先行きは不透明になってきている。若者文化、流行の発信地として君臨してきた渋谷だが、若者の減少、インバウンドに期待できない、原宿の台頭と、その尻に火がついてきている。

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この記事を書いた人

経済アナリスト・作家・不動産小説家

経済アナリスト・作家・不動産小説家。 1963年生まれ。東京都心在住。オフィス・ホテル・商業施設・公有地・借地等の不動産の分析、株など資産市場の分析に詳しい。住宅業界のカリスマ事業家が主人公で、創業者まで徹底的に切り捨てる政権の歴史的な不良債権処理の暗闘局面などを明かした『創業者追放~あるベンチャー経営者の風雲録』などの作品がある。

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