相続法改正シリーズ #1 実家の不動産相続に大きな影響を与える可能性――「配偶者居住権」(2/4ページ)
藤戸 康雄
2021/07/21
新制度が創設された背景
今回の法律が、改正されるまでの法制審議会への諮問に至る経緯および、法制審議会における審議の経過などの資料によると、「相続法については社会の高齢化が進展し、相続開始時点で相続人(特に配偶者)の年齢が従前より高齢化していることに伴い、配偶者の生活保障の必要性が相対的に高まり、子の生活保障の必要性は相対的に低下しているとの指摘がされていた。また、要介護高齢者の増加による相続と療養看護の在り方の問題や、高齢者の再婚の増加による家族形態の変化が見られ、法定相続分に従った遺産の分配では実質的な公平を図ることができない場合が増えているとの指摘もされていた」とある。
そのあたりの文脈から、「夫に先立たれた妻が高齢化しており、さらに長生きの傾向があるため、その住宅をはじめとした老後の生活を十分に保護する必要がある」と強く考えられたことから、今回の「配偶者居住権」や「おしどり贈与」という制度の創設や相続法改正に至ったと考えられるのだ。
配偶者居住権で解決を図りたい「もめごと」
遺産額が大きくない場合、例えば相続財産が、実家不動産とわずかな預貯金のみである場合で相続人が複数いる場合には、切実な生活上の問題や感情的な問題で相続争いが起こりやすいものだ。現に最高裁判所の司法統計によれば、家庭裁判所に持ち込まれる「相続争い」に関する紛争解決手続きの4分の3は「遺産総額が5000万円以下」という遺産としては多くない、むしろ少額の場合に争いが多いということが分かっている。
典型例としては、離婚した前妻との間に子供がいる男性が亡くなり、その子供と高齢の後妻が相続人になる場合がある。後妻や子供が裕福であれば問題は小さいかもしれないのだが、後妻も子供も裕福でない場合は大きなもめ事に発展するかもしれない。
仮に遺産が、実家不動産(2000万円の相続税評価額とする)と預貯金1000万円の合計3000万円だったとする。子供と後妻は法定相続分としては各1500万円ずつ相続する権利があることになる。預貯金は500万円ずつに分けることは可能なのだが、実家はケーキのように2等分に分けることはできない。離婚した前妻の子供が「後妻の老後の生活のことなどどうなろうと知ったことではない。法定相続分通り遺産の半分である1500万円をもらいたい」と強硬に言えば、後妻は家を売って売却代金を2等分せざるを得なくなるのだ。夫と同居していたのに、後妻は家から出ていかざるを得なくなる。高齢者で一人暮らしの部屋探しは、簡単ではないので困ったことになるのだ。
今回できた「配偶者居住権」を使えば、このような事態に対処できるかもしれないのだ。残された後妻が居住権(相続税評価額を仮に所有権の半分である1000万円とする)を取得したとした場合、義理の息子は実家の所有権(完全な所有権ではなく、配偶者居住権という負担付きのため、2000万円の価値のうち居住権部分の1000万円を引いた残りの価値として1000万円)を相続し、預貯金は500万円ずつに分けることにすれば、法定相続分通りの遺産分割をしても、後妻は住む家を失わずに済むのだ。
この記事を書いた人
プロブレムソルバー株式会社 代表、1級ファイナンシャルプランニング技能士、公認不動産コンサルティングマスター、宅地建物取引士
1961年生まれ、大阪府出身。ラサール高校~慶應義塾大学経済学部卒業。大手コンピュータメーカー、コンサルティング会社を経て、東証2部上場していた大手住宅ローン保証会社「日榮ファイナンス」でバブル崩壊後の不良債権回収ビジネスに6年間従事。不動産競売等を通じて不動産・金融法務に精通。その後、日本の不動産証券化ビジネス黎明期に、外資系大手不動産投資ファンドのアセットマネジメント会社「モルガン・スタンレー・プロパティーズ・ジャパン」にてアセットマネージャーの業務に従事。これらの経験を生かして不動産投資ベンチャーの役員、国内大手不動産賃貸仲介管理会社での法務部長を歴任。不動産投資及び管理に関する法務や紛争解決の最前線で活躍して25年が経過。近年は、社会問題化している「空き家問題」の解決に尽力したい一心で、その主たる原因である「実家の相続問題」に取り組むため、不動産相続専門家としての研鑽を積み、「負動産時代の危ない実家相続」(時事通信出版局)を出版、各方面での反響を呼び、ビジネス誌や週刊誌等に関連記事を多数寄稿。