仮想現実の情報に踊らされる実社会 新型コロナウイルス問題で見えてきた現代の弱点(2/2ページ)
遠山 高史
2020/04/02
実体験なくして情報は活用できない
この一件は、情報という物の危うさを知らしめた一例だろう。受け手がそれを信じてしまえば、実体のない文字列が現実にさえなるのだ。
世界中を結ぶネットワークのおかげで、誰もが簡単に情報を手に入れることができるだけでなく、発信する事も容易にした。それは大変便利で、良きことのように思えるが、無数のジャンクを生むことにもなる。われわれはより注意深く情報を選別しなければならなくなってしまったが、不特定多数の人間が無差別に発信する情報の渦の中では非常に難しい。
自身にとって必要な情報を選別する方法は、仮想現実の世界には絶対にない。
結局のところ、実社会で蓄積された経験がものをいう。危機管理能力という物は、実際に身に受けた困難や、人間関係にその都度対応していく事によってのみ養われる物だからだ。
得た情報を、有効に活用する能力もまた、経験に寄るところが大きい。情報は、それだけでは、ただの音であり、画像であり、文字列にすぎず、受け手によって、悪にも善にも変化する物だということを忘れてはならない。
件のT氏は、不安を募らせる妻のために、懇意にしている新聞店に頼んでトイレットペーパーを少しわけてもらうことにした。
嬉々としてトイレットペーパーを受け取る妻を見て「紙が無くなったって、水で洗えばいいじゃないか。死ぬわけじゃなし」と余計な一言をつけたので、数日の間、妻から冷たくあしらわれたそうである。
この記事を書いた人
精神科医
1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。