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BOOK Review――この1冊 『熱源』 川越宗一/著(1/2ページ)

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第162回直木賞を受賞した『熱源』は、故郷とは何か。人を突き動かし、生へ向かわせるものは何かについて改めて思い起こさせてくれるそんな作品だ。

『熱源』には、アイヌの人々が登場する。

主な舞台は、明治から第二次世界大戦頃までの樺太。アイヌは、北海道のさらに北に浮かぶ島、樺太で生きる術を受け継いできた民族だ。明治維新後の日本人にとっては、未開文明に頼って暮らす「土人」であり、より高度で科学的な生活様式を獲得し、日本に貢献できる臣民となりうるよう教育を施すべき対象だった。

文明や科学によって開かれた暮しを営むことが、より優れた民族であることの証であると、「高度な文明国家」を自称する西洋列強諸国が声高に叫んでいた時代だ。文明の進む方向は一つであり、優れた文明とそうでない文明の差が歴然と存在する。力をもつ国家は、極めて素朴にそう信じ、未開文明の人を蔑むか、憐れむかしていた。



「未開」文明の民族は、「高度な文明」に呑み込まれることを受け入れるか、命を賭して抗うかのいずれかの道にしか行けない。生きるためには、必然、前者を選ばざるをえない。ただし『熱源』には、時代の変化に適応しながら、民族らしさを残し、仲間を守る道を必死に探るアイヌの男たちが登場する。

アイヌがアイヌのまま生きることが極めて困難な時代に生まれ育った子どもたちは、大人たちの背中を見ながら、すくすくと育つ。学校に通えば、「〝あ、犬〟か」とからかわれることもあるが、勇敢にやり返す。腕っぷしに自信のない少年も馬糞を投げて応戦する。そんな場面は微笑ましい。

穏やかとは言いづらい暮しのなか、国や文明、民族という「枠」に揉まれ、時にのみこまれそうになりながら生きる子どもたちは、「自分は誰なのか」という問いに何度もぶつかりながら、大人になっていく。

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この記事を書いた人

ウチコミ!タイムズ「BOOK Review――この1冊」担当編集

ウチコミ!タイムズ 編集部員が「これは!」という本をピックアップ。住まいや不動産に関する本はもちろんのこと、話題の書籍やマニアックなものまで、あらゆるジャンルの本を紹介していきます。今日も、そして明日も、きっといい本に出合えますように。

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