企業マーケティングに浸透中の「行動経済学」を賃貸経営にも応用できるか?(2/3ページ)
朝倉 継道
2021/09/24
「保有効果」と礼金・更新料
こちらは、実践例は見たことがない。多分、私のオリジナルの賃貸住宅オーナーへの提案だ。
例えば、「入居後、1年半を超えたら、いただいた礼金はお返しします」または「契約更新のあと、入居が1年を超えたら更新料はお返しします」と、いった契約内容を設定する。つまり、条件付き・後追いの値引きを予定しておくかたちだ。
これは、行動経済学が説くところの「保有効果」の応用となる。「すでに保有しているモノの価値は高く感じられ、手放したくなくなる」という人間の心理を突く。この例では、モノは「あとで値引きを受ける権利」となる。
「〇月〇日まで住めばまとまったお金が戻ってくる権利をせっかく持っているんだ。手放せない」―――そんな気持ちを入居者に抱いてもらうことで、「せっかく礼金や更新料をまけたのに、その後間もなく退去されてしまった」という残念なケースを抑え、入居期間をなるべく伸ばす。
すなわち、テナント・リテンション(物件が埋まっている状態の維持)を高めることが目的だ。
「同調効果」とマナー誓約書
こちらは、ほぼ似たものを実践している管理会社がある。
「この物件では、入居されている皆さんすべてが、以下の生活マナー(騒音やゴミに関することなど)を守る誓約をされています。なので、安心して暮らせますよ」
などとしたうえで、入居が決まった入居希望者に「マナー誓約書」へのサインをしてもらうのだ。
周りの意見や行動に同調したがる人間の心理、「同調効果」を利用して、物件内の生活環境を好ましい方向に誘導し、ひいてはクレームやトラブルの発生を抑えるのが目的だ。
ちなみに、冒頭に挙げた「駐輪場のナッジ」においても、この同調効果を促す側面が存在するといえるだろう。
線が引かれ、それに沿って停められている他人の自転車を見た時、「自分もそうしなければ」と、プレッシャーを感じる入居者はおそらく多いはずだ。
この記事を書いた人
コミュニティみらい研究所 代表
小樽商業高校卒。国土交通省(旧運輸省)を経て、株式会社リクルート住宅情報事業部(現SUUMO)へ。在社中より執筆活動を開始。独立後、リクルート住宅総合研究所客員研究員など。2017年まで自ら宅建業も経営。戦前築のアパートの住み込み管理人の息子として育った。「賃貸住宅に暮らす人の幸せを増やすことは、国全体の幸福につながる」と信じている。令和改元を期に、憧れの街だった埼玉県川越市に転居。