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『ジョーカー』

ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞――人間ドラマに仕上げられたバットマンのスピンオフ

兵頭頼明兵頭頼明

2019/10/04

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(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

柳の下には何匹でもドジョウがいると考えているのが映画界。ハリウッドでは特にその傾向が強く、アメリカン・コミックの実写映画化を何度も繰り返している。同じヒーローを主人公にしたシリーズの続編を作り続けるだけでなく、主演俳優を交代させてリブートしたり、別のシリーズとの統合を図ったりもする。そして、サブキャラクターを主人公としたスピンオフ作品までも製作するのだから、商魂たくましい。

いい加減にしろよと言いたくもなるが、近年のコミック実写化映画は質が高いものが多い。製作陣が知恵を絞り、本気で観客を楽しませようとしているからだ。

本作『ジョーカー』は、これまで何度も映画化されてきた人気コミック『バットマン』のヴィラン(悪役)、ジョーカーを主人公としたスピンオフ作品。

舞台はもちろん、『バットマン』シリーズでお馴染みの架空の都市、ゴッサム・シティである。

1980年代初頭のゴッサム・シティ。ゴミ収集業者のストライキで町中は汚れ、貧困者への支援は行き届かず、市民は苦しんでいる。持てるものと持たざる者の格差が広がり、ゴッサム・シティは崩壊の危機に瀕していた。

コメディアンになりたいと願う孤独で純粋な男アーサー(ホアキン・フェニックス)は、「どんな時も笑顔で人々を楽しませなさい」という病弱な母ペニー(フランセス・コンロイ)の言葉を胸に刻み、ピエロメイクの大道芸人をしながら二人で暮らしている。就寝前の日課は、人気司会者マレー・フランクリン(ロバート・デ・ニーロ)が司会を務めるテレビ番組を見ること。アーサーはこの番組に出演することを夢見ていた。

アーサーは時々、無意識に異様な笑い声を立て、笑いの発作をこらえようとすると、さらに症状はひどくなるという病気にかかっている。そのせいで、周りの人々からは顰蹙を買い、孤立している。同じアパートに住むシングルマザーのソフィー(ザジー・ビーツ)に好意を抱いていても、遠くから見て憧れるだけだ。

仕事中、悪ガキどもに看板を奪われ、ようやく捕まえたと思ったら返り討ちにあい、ボコボコにされるアーサー。雇い主も味方になってはくれず、社会保障費の削減でソーシャルワーカーとの定期面談も打ち切られ、生活はさらに困窮する。それでもアーサーは笑いのある人生こそが素晴らしいと信じ、どん底の生活から抜け出そうと足掻くのであるが――。

本作はコミック史上、そして映画史上最も有名で魅力的なヴィラン、ジョーカーの誕生物語である。監督・脚本のトッド・フィリップスは『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(09)の監督やアカデミー賞候補となった『アリー/スター誕生』(18)のプロデューサーとして知られているが、彼は純粋だった一人の男が狂気あふれる悪のカリスマに変貌してゆく物語を、映画独自の完全オリジナル・ストーリーとして作り上げた。

フィリップスが描くゴッサム・シティは、これまで原作コミックや映画化作品で描かれてきたものとはまるで異なる。悪の組織が市民の生活を脅かすというコミックならではの世界ではなく、私たちの暮らす現実の世界にとても近い。主人公をはじめ、そこで暮らす市民の生活描写も極めてリアルだ。フィリップスは、弱者に関心を持たない社会に見捨てられた男の内面を丁寧に描いてゆく。それゆえ、本作にはコミック実写映画化作品の売りである派手なアクションやSFXシーンはなく、切なくも悲しい硬質の人間ドラマに仕上がっている。

特筆すべきは、ホアキン・フェニックスの演技だ。これまでジョーカー役は『バットマン』(89)でジャック・ニコルソン、『ダークナイト』(08)でヒース・レジャー、『スーサイド・スクワッド』(16)ではジャレッド・レトーといったアカデミー賞スターたちが演じ強烈な印象を残しているが、フェニックスの演技は彼らを遥かに凌駕し、見る者の胸を打つ。脚本、演出、演技が一体となり、本作は本年度ヴェネツィア国際映画祭の最高賞である金獅子賞を受賞した。
なお、本作はコミックの実写映画化作品という狭いカテゴリーに押し込めることはできない秀逸な人間ドラマであるが、『バットマン』と実写映画化作品ファンへの目配せも忘れてはいないので、ファンの皆さんはご安心を。

才能さえあれば、柳の下のドジョウは何匹でも捕まえることができる。すべての映画ファンに見ていただきたい、本年度を代表する一本である。 

『ジョーカー』
監督・共同脚本:トッド・フィリップス
共同脚本:スコット・シルバー
出演:ホアキン・フェニックス/ロバート・デ・ニーロ/ザジー・ビーツ ほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式HP:http://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/
(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

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この記事を書いた人

映画評論家

1961年、宮崎県出身。早稲田大学政経学部卒業後、ニッポン放送に入社。日本映画ペンクラブ会員。2006年から映画専門誌『日本映画navi』(産経新聞出版)にコラム「兵頭頼明のこだわり指定席」を連載中。

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