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『記憶にございません!』

三谷作品の定番のファンタジーコメディ――各所で観客に面白がさせる仕掛けが見どころ

兵頭頼明兵頭頼明

2019/09/06

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(C)2019フジテレビ 東宝

「記憶にございません」という台詞を流行語として覚えているのは、50代以上の世代であろうか。昭和51年(1976年)、戦後最大の疑獄事件となったロッキード事件で、国会証人喚問に証人として呼ばれた小佐野賢治の答弁である。小佐野は何を訊かれても「記憶にございません」と答え、しのいでいたと言われる。
三谷幸喜の新作映画は、この名台詞(?)をタイトルにしたコメディである。

大勢の国民から嫌われ、2.3%という史上最低の支持率を叩き出した総理大臣・黒崎啓介(中井貴一)は、ある日、市民の投げた石を頭に受け、記憶喪失になってしまう。金と権力と女に目のなかった悪徳政治家の黒崎は、一夜にして善良で純朴な普通のオジサンに変貌し、直近の秘書官たちを大いに戸惑わせる。

国を揺るがす一大事に、井坂(ディーン・フジオカ)、番場(小池栄子)、野々宮(迫田孝也)の3人の秘書官は、この件を国民や官房長官(草刈正雄)はもちろん、家族にまで隠し通すことを決意する。黒崎は秘書官たちに助けられながら、何とか公務をこなして行くのであるが――。

本作は1993年のアメリカ映画『デーヴ』からヒントを得ている。『デーヴ』は大ヒット作『ゴーストバスターズ』(84)で知られるアイバン・ライトマン監督のベストワークであり、アカデミー賞では脚本賞にノミネート、ゴールデングローブ賞ではコメディ/ミュージカル部門作品賞と主演男優賞にノミネートされた傑作である。

大統領に瓜二つのデーヴ(ケビン・クライン)は一夜限りの約束で大統領の替え玉を引き受けるが、その夜、大統領が脳卒中で倒れ、側近の二人から替え玉生活の延長を依頼される。大統領は替え玉のデーヴを見下す鼻持ちならない男で、絵に描いたような悪徳政治家だ。デーヴは最初、側近の言う通りに動く操り人形でしかなかったが、次第に持ち前の誠実さを発揮し、政治を改革してゆく。
本作『記憶にございません!』は『デーヴ』のリメイク作品ではないが、「大統領のそっくりさんが本物の大統領と入れ替わる」というお話を、「記憶を失った総理大臣が徐々に自分が総理であることに気付いてゆく」というお話に置き換えた作品である。日本では一般人が突然総理になるということはまずあり得ないので、うまい設定を思いついたなと感心した。

三谷作品の最大の楽しみは、何と言ってもキャスティングだ。中井貴一、佐藤浩市、小池栄子、斉藤由貴、石田ゆり子、吉田羊、木村佳乃、寺島進、梶原善、迫田孝也、草刈正雄といった三谷組常連俳優に加え、ディーン・フジオカ、田中圭、ROLLY、後藤淳平(ジャルジャル)、濱田龍臣、そして有働由美子らが三谷組に初参加。本来の持ち味を生かしたり正反対の意外性を狙ったりと、いつもながら役者の使い方が実にうまい。
多彩なキャストが三谷流政治コメディを紡いでゆくわけだが、政治コメディと言っても、本作には時事ネタや現代政治を風刺したネタは入っていない。そういうものを入れてしまうと、作品は今だけのものとなってしまい、後世に残らないということを、三谷幸喜はよく分かっている。

本作はコメディであり、ファンタジーだ。記憶を失った黒崎はデーヴと同じく誠実で、総理としての職務を全うしようとする。その過程が楽しく、かつ面白い。いつの時代の観客が見ても面白いと感じる作品にしようという監督の思いが十分に伝わってくる。三谷らしいウエルメイドなコメディである。
ただ、どうしても『デーヴ』と比較してしまう。本作には『デーヴ』にあった大きな泣かせのポイントがない。『デーヴ』は観客が全く予期していない意外なところで、不意を衝く形でうまく泣かせてくれる。この呼吸の上手さは真似できないと諦めたのだろうか。

もっとも、三谷のコメディに無理やり泣かせの要素を入れる必要はないし、ファンも泣かせてほしいとは思っていないだろう。
泣かせの要素でなくても良い。ヒントを得た『デーヴ』に対抗する別の“何か”が欲しかった。それは、三谷の映画も舞台も欠かさず見ている三谷ファンとしての、また『デーヴ』を初公開時から繰り返し何度も見ている『デーヴ』ファンとしての、あくまで個人的な思いである。

『記憶にございません!』
監督・脚本:三谷幸喜
出演:中井貴一/ディーン・フジオカ/石田ゆり子/草刈正雄/佐藤浩市/小池栄子/斉藤由貴/木村佳乃/吉田羊/山口崇/田中圭/梶原善/寺島進/有働由美子 ほか
配給:東宝
公式HP:https://kiokunashi-movie.jp/

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この記事を書いた人

映画評論家

1961年、宮崎県出身。早稲田大学政経学部卒業後、ニッポン放送に入社。日本映画ペンクラブ会員。2006年から映画専門誌『日本映画navi』(産経新聞出版)にコラム「兵頭頼明のこだわり指定席」を連載中。

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