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「運び屋」

実話と伝統的なハリウッドのスター映画を融合作

兵頭頼明兵頭頼明

2019/02/28

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(c) 2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC

クリント・イーストウッドの創作意欲は止まることを知らない。2010年以降を振り返るだけでも、『ヒア アフター』(10)、『J・エドガー』(11)、『ジャージー・ボーイズ』(14)『アメリカン・スナイパー』(14)、『ハドソン川の奇跡』(16)、『15時17分、パリ行き』(17)と、1年ないし2年の間隔でコンスタントに監督作を発表し続けている。ハリウッドのメジャー映画をこんなハイペースで撮り続けている監督は他にいない。しかも、彼は今年5月で89歳になるのだから恐れ入る。まさに映画界のレジェンドと言うべき存在だ。

そんなイーストウッドが監督と主演を兼ねた最新作が『運び屋』である。彼は俳優業から引退して監督業に専念するのではないかと思われていたが、弟子筋であるロバート・ロレンツの監督デビューを祝して主演した『人生の特等席』(12)から6年ぶり、自身の監督作『グラン・トリノ』からだと実に10年ぶりにスクリーンに帰って来た。

主人公のアール(クリント・イーストウッド)は家族との生活を一切顧みることなく、仕事一筋に生きてきた90歳の男である。妻のメアリー(ダイアン・ウィースト)はとうの昔に愛想を尽かして彼のもとを離れ、娘からも激しく嫌われている。それでもアールは仕事中心の生活を送ってきたが、長年続けてきた事業は立ち行かなくなり、自宅を差し押さえられてしまう。家族の目は冷たく、困ってしまったアールは、ふと知り合った男から車の運転さえしてくれればよいという仕事を紹介される。渡りに船とばかり引き受けるアールであったが、その仕事が麻薬の運び屋であることは知らなかった―。

この物語は実話に基づいている。87歳の老人がたったひとりで大量の麻薬を運搬していたという報道記事を基に、『グラン・トリノ』の脚本家ニック・シャンクがまとめ上げた。いつのまにか麻薬の運び屋になっていた90歳の孤独な老人という役柄は、現在のイーストウッドに打って付けだ。しかし、アールは実在の人物からインスパイアされているとはいえ、イーストウッドのイメージに寄せて創作されたキャラクターである。老人と言っても、アールは女性に対する興味を全く失っていない。麻薬の元締めから仕事ぶりを評価されセクシャルな歓待を受ける場面で、アールは男として立派に「現役」であることを証明する。そういった人物造形を含め、永遠のタフガイたるクリント・イーストウッドのイメージを最大限に生かした作りとなっている。つまるところ、この映画は伝統的なスター映画の流れをくむ作品なのである。

イーストウッドの2011年以降の作品がすべて実在の人物や出来事を描いていることにお気付きだろうか。作品ごとにテイストが多少異なるにしても、USエアウェイズ1549便不時着水事故からの奇跡的な生還劇を1時間36分という短い上映時間で描き切った『ハドソン川の奇跡』までは、当然のごとく主役をプロの俳優が演じている。ところが、イーストウッドは前作『15時17分、パリ行き』で前代未聞のアプローチを試みた。2015年8月に高速鉄道内で発生した銃乱射事件を描いたこの作品で、何と実際に事件に巻き込まれた3人を本人役で主演させたのである。主役の3人は俳優ではない。にもかかわらず、彼は見事、秀作を完成させた。

実話を描くにあたり、究極の、そして最後の手法を用いて成功した監督イーストウッドに残されたアプローチ、それは自分自身を主役に据えることであった。意外なことに、彼は自分が主演する実話映画を監督したことがなかったのだ。イーストウッド主演の実話もの『アルカトラズからの脱出』(79)の監督は、『ダーティハリー』(71)でイーストウッドをマネーメーキングスターに押し上げたドン・シーゲルである。シーゲルはイーストウッドの恩人であり、監督としての師匠であった。『アルカトラズからの脱出』は脱獄不可能と言われたアルカトラズ刑務所から脱獄した男を描いた実話で、イーストウッドの魅力満載のスター映画であるとともに、実話映画の傑作である。『運び屋』でイーストウッドが目指したものは、師匠が生み出したスター映画と実話映画が融合した傑作『アルカトラズからの脱出』を超えることであったと思う。

アールを追う捜査官に『アメリカン・スナイパー』(14)でイーストウッドとタッグを組んだブラッドリー・クーパー、その上司にイーストウッド監督作『ミスティック・リバー』(03)のローレンス・フィッシュバーン、麻薬の元締めに『マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴー』(18)のアンディ・ガルシアという豪華な共演陣が華を添えている。

だが、彼らの登場シーンは驚くほど少なく、俳優としての格に比べ、役がとても小さい。もったいない、もう少し役を膨らませて出番を増やしてもいいじゃないかと思ってしまうが、そうすると『ハドソン川の奇跡』で極めた「とことん贅肉を削ぎ落したタイトな作品」にはならない。彼らに与えられた役割はただ一つ、現役最高齢のスターであるイーストウッドを盛り立てることなのである。Aクラスの俳優をこういった形で使うという贅沢と無頓着。それが本作で見せたイーストウッドの新しいアプローチと言えるだろう。

助演俳優陣の“献身”により、主演のイーストウッドは輝きを増した。彼は主演スターを輝かせてこそ映画であることを知り尽くした手練れの映画作家である。観客は実話を見るためにチケットを買うのではない。イーストウッドを見るためにチケットを買うのだ。さあ、映画館へ。

「運び屋」
監督/出演:クリント・イーストウッド
脚本:ニック・シェンク(「グラン・トリノ」)
出演:ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、マイケル・ペーニャ、ダイアン・ウィ―スト、アンディ・ガルシア、アリソン・イーストウッド、タイッサ・ファーミガほか
配給:ワーナー・ブラザース
公式HP:http://wwws.warnerbros.co.jp/hakobiyamovie/

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この記事を書いた人

映画評論家

1961年、宮崎県出身。早稲田大学政経学部卒業後、ニッポン放送に入社。日本映画ペンクラブ会員。2006年から映画専門誌『日本映画navi』(産経新聞出版)にコラム「兵頭頼明のこだわり指定席」を連載中。

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